2008年7月8日午後4時すぎ、旅と冒険5号にロングインタビューで特集させていただいた竹内洋岳(たけうちひろたか)さんが、パキスタンと中国の間にあるガッシャーブルムⅡ(8035m)の登頂に成功しました。日本人初の8000m峰10座達成です。登山方法はオーソドックススタイル、無酸素登頂。パートナーはフィンランドのベイカー・グスファッソンと平出和也さん。竹内さんはしばらくBC(ベースキャンプ)で休んだ後、ブロードピークへ向けて継続する予定です。
【竹内さんの偉業】
竹内さんは2007年、今回と同じ山、パキスタン北部のヒマラヤ山脈カラコルム山系にある、ガッシャブルムⅡ峰で99パーセント助からない遭難事故に遭遇しました。雪崩に流され、肺がつぶれ、背骨を折る大怪我をしました。
「東京タワーの頂上から雪とともに下まで落っこちるような状況」(竹内さん)だったそうです。運よく雪から掘り起こされましたが、極限の低酸素状態で、輸送もままならない場所だったため、命が助かる確率は限りなく低く、「メッセージを残せ」といわれたそうです。
事故からわずか1年。奇跡的に大きな後遺症なく回復した竹内さんは再び同じ山に挑みました。去年遭難した場所に達した2008年の七夕の午後、竹内さんは衛星携帯電話で「ただいまあの場所に立っています」と公式ブログにメッセージを送ってきました。そして「やはり私はここから一歩を踏み出して頂上に向かわなければいけないと思います。」とメッセージを送った後、その25時間後、頂上に達しました。
人生何が起こるかわからない。
今回だって、同じような遭難に会うかもしれない。
編集部は出発する直前にお会いしたとき、「もしかしてこの人とはもう二度と会えないかもしれない」と感じました。
そういうことを感じながら会うときに聞く言葉はとても一語一語が鮮明でした。
「私は皆さんに山に登ることでお礼したい」
竹内さんはそうおっしゃっていました。
7月8日、午後4時16分、日本人初の8000m峰10座目達成。
山田昇(やまだのぼる)さん、名塚秀二(なづかしゅうじ)さん(どちらも10座目に登ることなく故人となった)らとともに9座タイ記録を持っていた竹内さんは、今回日本人として始めて10座目の8000m峰に登ることができました。
世界最高峰のエベレストへの登頂者は2007年だけでも627人が登頂し、延べ人数は3600人を超えています。そういう時代にあっても、世界に14座ある8000m峰すべてに登った「フォーティーン・サミッター」はわずか14人しかいません。
ただ、竹内さんは本当に記録を目指しているのか、ということがよく分かりません。「記録」のためだけに命をかけることができるのか、ということです。
たとえ、14座成功したとしても、それは世界初でもなく、すでに14人の先人がいます。
たしかに竹内さんの登山内容は先人よりもより困難な課題に挑戦しているとはいえ、それが一般の人に理解されることは少ないでしょう。今回の10座目達成を8日朝刊で報じた新聞一般全国紙は2紙のみでした。扱いはどちらも小さかったです。たとえ14座に成功したとしても、エベレスト初登頂のようなセンセーショナルな記録とはならないでしょう。
宇宙に何人も日本人が出かける時代、登山家の記録は新鮮さを失っています。それでもなお、命をかけて登り続ける竹内さんの姿を見ると、本当は「記録」なんてどうだっていいんじゃないか、と思います。
旅と冒険5号に寄せていただいたロングインタビューの中で、「自分を高めていける登山をいかに推し進めていくか、が問題になっていくと思います」とコメントしている竹内さん。
計画では高所に慣れた体を活かし、継続してブロードピーク(8047m)に挑戦する予定です。一気に11座目を目指します。
まさに命がけの挑戦。でも挑戦し続ける。竹内さんはあと3年で14座を達成したいと考えています。名誉、地位、記録、そういうものから完全に開放され、純粋に山という目標を目指している人にしかできない偉業だといわざるを得ません。
(2008年7月10日改訂版)